保護者への説明で大切なのは「何ができたか」より「なぜできたか」

こんにちは。療育支援者の学校 主宰の西村猛です。

療育が終わったあと、保護者の方にその日の様子をお伝えする時間があると思います。

「今日はハサミが上手に使えました」
「今日は最後まで座って取り組めました」
「今日は〇〇と言えました」

こうした報告をするは一般的に行われていると思いますが、療育支援者として考えてみていただきたいことがあります。

それは、「できました」という報告だけで、本当に十分でしょうか、ということです。

「できたこと」を伝えるだけなら活動報告になる

例えば、療育でハサミを使ったとします。

療育後に「今日はハサミが上手に使えました」と保護者の方に伝える。確かに間違った報告ではありませんよね。


しかし、私たち支援者が見なければならないのは、「ハサミが使えた」という結果だけではありません。

以前は紙を持つ手がうまく使えていなかったけれど、今日は両手を協調させて操作できていたのかもしれません。

以前より姿勢が安定したことで、手元に集中できるようになったのかもしれません。

これまでは支援者が手を添えていたけれど、今日は声かけだけでできたのかもしれません。


同じ「ハサミが使えた」でも、その背景はそれぞれ違います。

だからこそ、支援者は「できた・できなかった」だけを見るのではなく、なぜできたのか、何が変わったのかまで見ていく必要があります。

事実と解釈を分けて考える

支援者が子どもを見るときに大切なのが、「事実」と「解釈」を分けることです。

例えば、「今日は一人で靴を履くことができました」という報告。

これは観察した事実です。


そこから、「以前より姿勢が安定してきたことで、両手を使いやすくなっているのではないか」「手順を理解して、自分で次の動作へ進めるようになってきたのではないか」と考えていくことが、解釈、つまり見立てです。


そして、その見立てをもとに「次は声かけを少し減らしてみよう」「もう少し難しい動作にも挑戦してみよう」と次の支援を考えていきます。

観察した事実があり、そこから考えられることがあり、そして次の支援につながっていく。

この作業が療育支援においては、重要になります。

「できなかった」ときこそ支援者の力が問われる

これは、できなかったときも同じです。

「今日は集中できませんでした」
「今日はハサミがうまくできませんでした」
「今日は課題を嫌がりました」

これだけで終わってしまうと、単なる結果の報告になってしまいます。


なぜ集中できなかったのかを考えることが、とても重要です。

課題そのものが難しすぎたのかもしれません。何をすればいいのか理解できていなかった可能性もあります。姿勢が安定しなかったのかもしれませんし、周囲の刺激が気になっていたのかもしれません。


あるいは、支援者側の課題設定が適切ではなかった可能性だってあります。

それを考察せずに「この子は集中力がない」「この子はやりたがらない」と子どもの問題にしてしまうのは簡単です。

専門的な支援をするのであれば、なぜその反応が起きたのかを考えることが必要です。

できたときだけではなく、できなかったときにも支援のヒントはたくさんあります。

難しい専門用語を使うことが専門性ではない

専門性というと、難しい専門用語をたくさん使うことだと思われることがあります。

しかし、そういうものでもないと思います。


専門用語を並べても、保護者の方に伝わらなければ意味がありません。

むしろ大切なのは、自分が何を見て、そこから何を考え、なぜこの支援をしているのかを、保護者の方にわかる言葉で説明できることです。

「今日は〇〇ができました」で終わるのではなく、「以前はここで手伝いが必要でしたが、今日は声をかけなくても自分から取り組めました。少しずつ手順がわかってきているのだと思います。次はもう少し自分でできる場面を増やしていきます」

このような伝え方ができると、保護者の方からも信頼を得ることにつながるものと思います。