褒めたから「良い支援」なわけではない|療育で考えたい、褒めることの意味

こんにちは。療育支援者の学校の西村です。

療育や発達支援の現場では、「たくさん褒めましょう」「成功体験を積ませましょう」「自己肯定感を高めましょう」といった言葉をよく耳にします。

褒めながら進めるのは、一定の効果があると思います。


ただ、こういう「一見すると正しそうな方法」ほど、一度立ち止まって考えた方がいいと思っています。

本当に、褒めれば褒めるほど良い療育になるのでしょうか。

そもそも、なぜ褒めるのでしょうか

子どもが課題をクリアしたときに、「すごい!」「上手!」「できたね!」と声をかける場面があります。

療育現場ではよく見られる光景ですよね。


では、なぜそのときに「すごい!」と言ったのでしょうか。

新しいことに挑戦してほしいからなのか、自分の成長に気づいてほしいからなのか、それとも支援者と一緒に「できた」という喜びを共有したいからなのか。

実は、ここを説明できることが大切です。

なぜなら、褒めること自体が療育の目的ではないからです。

褒めることは、あくまで子どもの発達や行動を支えるための一つの手段です。


そして、同じ褒め方がすべての子どもに合うわけでもありません。

大きく褒められると喜ぶ子もいれば、恥ずかしくなる子、プレッシャーを感じる子もいます。

「療育では褒めるものだから」ではなく、この子にとって、この声かけにはどんな意味があるのか。

そこを見る必要があります。

「すごい!」「上手!」で終わっていませんか

何かできるたびに「すごい!」、課題が終わったら「上手!」。

もちろん、それで子どもが喜ぶこともあります。


ただ、支援者としてもう一歩考えてみるべきなのは、あなたはその言葉によって、子どもに何を伝えたいのでしょうか。


たとえば、「さっきは途中でやめたけど、今度は最後までできたね」「難しかったけど、もう一回やってみたね」と伝えたとします。

これは単に大人が評価するだけではなく、子ども自身が自分の行動や変化に気づくためのフィードバックになります。

あるいは、「やってみてどうだった?」と本人に聞いてもいいでしょう。


支援者が「すごい」「上手」と評価することだけがフィードバックではありません。

何を見て、何を子どもに伝えるのか。

こちらの方が、単にすごいというより重要です。

褒められないとやらない、になっていないか

先生に褒めてもらえるからやる。

シールがもらえるからやる。

「正解!」と言ってもらえるからやる。


最初のきっかけとして、こうした外からの働きかけが必要なことはありますよね。


ただ、それがずっと続いていくことが、本当に目指すべき姿でしょうか。

本来は、「やってみたい」「できてうれしい」「前よりできるようになった」「もう一回やってみよう」といった、子ども自身の感覚も育ててあげることが重要です。


また、大人が先回りして毎回評価を与えていると、「先生はどう思った?」「これは正解?」と、他者の評価ばかりが気になってしまうことがありまう。


だから私は、褒める回数が多ければ多いほど良い支援になる、とは考えていません。

褒めてご褒美をあげる、というのも違うと思います。

「褒めたか」ではなく、「何につながったか」

療育では、「褒めた方がいい」「待った方がいい」「手伝った方がいい」と、つい方法の話になりがちです。

でも、本当に大切なのは、その方法を使ったかどうかではありません。

その関わりによって、子どもに何が起きたのかです。


挑戦できたのか。自分の変化に気づけたのか。「もう一回やってみよう」と思えたのか。失敗したときに立て直す経験ができたのか。

そこまで見て、初めて支援を振り返ることができます。


だから、「褒めるべきか、褒めないべきか」という二択で考える必要はありません。

それよりも支援者として、「なぜ今、この子にこの言葉をかけたのか?」を考える必要があります。


褒めることにも、待つことにも、手伝うことにも、あえて手伝わないことにも、支援者には理由が必要です。


療育支援における「褒める」ことについて、一度じっくり考えてみるのもいいかもしれません。